Canon AE-1

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Nikon F50 の試写には、Kodak GA110 24枚撮り 178円を用いた。フィルム装填後にふたを開けて動作確認し、4コマ感光させた(シャッターが降りなかったので装填ミスを疑ったのだ)。20枚プリントして現像料金 630円と1枚37円のプリント代で 1,370円となった。基本的に必要なのはデジタルデータなので、CD化だけならば現像料 + 380円で 1,010円でよいということになる。いうまでもないことだが、デジカメでは発生しないコストである。

Canon AE-1 and Canon NewFD 50mm F1.8 lenses. from Wikimedia Commons.

平尾昌晃・畑中葉子の「カナダからの手紙」がリリースされた年、1978年の 3月に Canon AE-1 で金沢兼六園を撮影して回った。高校1年から2年に進級する春休みである。なぜ唐突に「カナダからの手紙」が出てくるかというと、宿の外でこの曲を口笛で吹いているヒトがいて、それが印象に残っているのだ。なぜ「カナダからの手紙を」を夜半に延々と吹いていたのか謎ではある。おかげで正確な年がわかったので、今にして思えばありがたいことだ。さて、問題は歌謡曲ではなく撮影だ。AE-1 のシャッターについては、その音やら動作感やらが心地よく、その点でも「名機」と評価されているようだ。ならばあの「トリガーハッピー」というか、シャッターハッピーな快感の中、兼六園という被写体にも恵まれて写真を撮りまくってしまったことにも納得がいく。正確な本数は覚えていないのだが、フィルムを湯水のように使って撮りまくったことだけは確かだ。そう、撮った後のことは全く考えていなかったのだ。

正気に戻ったのはフィルムを写真屋に出す段階だ。高校生の経済に大打撃を負い、プリントを持ち帰って見るとさらに悲惨な現実が待っていた。撮った時点ではガイドブックや案内板の説明を見て、なんらかの意図を有していたはずなのだが、それを記録していないものだから何を撮ったのかわからない写真を大量に抱えることになった。ようするに撮った写真を楽しめないのである。経済的にも打撃を受け、撮った写真も楽しめず、シャッターを押す快感に酔いしれてしまった自己嫌悪のみがのこる結果となってしまった。この後、基本的に「写真よりも記憶に」という立場をとるようになり、あまり写真その物を撮らない人生を送ることになる。この方針が換わるのは、デジカメ Fujifilm Finepix 4500 を使うようになってからだ。

それでも、Nikon F50 の試写にかかった費用をぐだぐだと述べていることからもわかるように、光化学式カメラの運用コストについては未だに何かをひきずっていることは間違いない。しかし使い方は少しはマシになったとみえ、楽しめる写真を撮れるようにはなった。あの1978年の兼六園で起きたことはあるいは AE-1 の魔力に魅入られてしまったのかもしれない。

ヒバリ
昨日の写真を縮小せずにトリミングしてみた。

作成: 2012-05-10 14:44:10.0更新: 2012-05-11 10:15:35.0
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