Desktop に関する考察

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ぐだぐだと鴨乃嘴南蛮 Sesto の開発を始めることすら延ばしていたら、現実が計画を追い越していく。システムが老朽化して動作しなくなる時が近づいてきているように思える。むしろ、ここまで互換性を維持してくれた Java / Tomcat / MariaDB に感謝すべきなのだろう。状況がこのように厳しくなってくると、レスポンシブデザインとか贅沢を言うわけにいかない。現在のデスクトップメタファーを継承して、後継システムをとにかく作ることが必要だ。

むしろコンパクトデバイス向けのページから作っては、とも思ったのだが、やはりそこはデスクトップでないと燃えないのである。

そんなわけでデスクトップについて考えてみると、フレームについては基本的に閉じる・最大化・最小化の三つのボタンを備えるという枯れたレイアウトが主流なのであって、そこは悩むところは少ない。あとは、ランチャーとフレームリストについて、個々に悩ましい所ではあるが、これだけ揃えればデスクトップは完成する。通知領域とかデスクトップげジェットなどもあるが、このあたりはまさしく「アクセサリ」である。デスクトップメタファーも枯れて落ち着いたものだ。

フレームを透明にするとか、後はデザインのお楽しみであろう。

夏のシーズンオフ、本件に集中するために野暮用を急ぎ片付けなければ。


作成: 2019-07-02 21:53:13更新: 2019-07-02 21:53:13
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