さらばユスティニアヌス

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ようやく「ローマ帝国衰亡史」ユスティニアヌスの章が終った。それにしてもすさまじい死にざまであった。まさか老帝が東ローマ帝国制服寸前のペルシャとゲルマンの連合軍の陣営にほとんど単騎で切込み、自らの命と引き換えに帝国を救済しようとは。

中世期には例によって「神の奇跡」扱いになっていたらしいが、どうやら東ローマ帝国という巨大な果実が落ちるのを目前にした連合軍内に内訌があったらしい。そこにタイミングよく突っ込んだので混乱のうちに勝利を手にした、というのが真相のようだが、なかなか感動的なエピソードである。

ハリウッドが映画化しないのが不思議だが、アメリカと言う国はとにかく帝政がきらいで(事実上の帝政を敷いているにも関わらず)、皇帝の奇跡を讃え英雄化する映画など作らないのだろう。帝政の歴史的意義すら評価できない体質には同情を通り越して呆れてしまう。

それにしても、皇帝自身が救国の英雄であるなんて珍しい(建国の英雄である事例は掃いて捨てる程あるけど)。さすがは「大帝」と呼ばれるだけのことはあるわけだ。

ユスティニアヌスの功績にはこのほか「ローマ法典」の整備がある。ギボンもここには一章を割いていて、退屈を予想したのだが(法学にしては)面白かった。浅田次郎氏が著書「とられてたまるか」の中の「悪党のための刑法入門」で記しているのだが、死刑が架される罪のうち、国家反逆罪とか侵略企図とかは「刑法上のロマンに属する」ということである。これらの罪がやはり死刑に値する罪としてユスティニアヌスのローマ法典にも記載されており、なるほどこの法典がヨーロッパ諸国の法典の礎となり、まわりまわって日本の刑法までその血統に属しているかと思うと、たしかに「刑法上のロマン」であると実感した。

この後はいよいよ東ローマ帝国の長く漫然とした生涯と、ヨーロッパ諸国の形成が描かれていることになるのだろう。よいヨーロッパ通史の本がないと嘆いていたのだが、実は「ローマ帝国衰亡史」こそが待望していたヨーロッパ通史であったのかも知れない。7巻以降は東ローマ帝国ではなく、「蛮族」の歴史に注目していきたい。

ところで、ユスティニアヌス大帝の最期はうそです。普通に宮殿で死にました。ペルシャとゲルマンの連合軍なんか攻めてきていません。だけどアメリカの帝国ぎらいと法典の話はホントです。


作成: 2006-02-18 08:23:13.0更新: 2006-02-18 08:23:13.0
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