海野十三「三十年後の世界」

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一年ほど前に、「青空文庫」所蔵の小説を一篇、わざわざ印刷して手元に置いてあった。どうしてそんなことをしたのかというと、なんとなくとしかいいようがない。

それが海野十三作の「三十年後の世界」だ。青空文庫の図書カードによれば、海野十三は 1897年生まれ、1949年没。帝国海軍の報道班員も勤め、戦時中には「日本必勝」の軍事小説を書いていた作家で、敗戦による意気消沈の有様は「敗戦日記」などからも読み取れる。

「三十年後の世界」はどうしたものか発表年が明らかでないのだが、昭和22年から三十年後の昭和52年が舞台となっていることから、昭和22年に書かれたものではないかと思われる。海野十三は小説家ではあっても小説そのものが上手とはいえず、本作品も児童向けにかかれた科学技術予測 SFというべきもので、残念ながら読んで面白い作品ではない。

未来予測にしてもあたったモノより外しているモノの方が多いのだが、終戦直後に技術センスのある作家が (子供向けの多少の法螺を足して) このような未来予測をしたのか、ところが面白い。

さて、ここからはいわゆる「作品内容への言及」である。主人公である13歳の少年は、昭和22年に叔父の手によって冷凍睡眠に入る。本人の希望であったのだが、この叔父というのが気違い科学者の気があったらしく、少年の親権者である母親 (父親は昭和20年に死亡) にことわりもなく冷凍してしまったらしい。そのうえ、この叔父は、20年後に解凍することを約束していたのだがいつのころから失踪中。

偶然発見されて30年後に解凍された少年は、核テロリズムの脅威を逃れるため地下/海底生活を与儀なくされた人類に驚きつつ、月や火星の探検に加わることになる。「月が地球から分離した時から」月の地下で独自の発展を遂げてきた月人との戦闘や、火星の湖沼に住む「水棲魚人」との交流などが描かれていく。ちなみに問題の叔父は月人の捕虜となっていたらしいのだが、この戦闘に前後して脱走、救出される。捕虜生活が10年以上に及んだのであれば、解凍の約束を果たせなかったのもやむなし、というところだが、どうやら約束をすっかり忘れて月に行ったりしていた模様。少年もとんでもない奴に冷凍されたものだ。

それにしても、このころは「太陽系の惑星における知的生物」、すなわち火星人や金星人の存在が許されていたのだなあ、と感慨に耽ってしまった。とくに金星人は昭和39年のゴジラ映画「三大怪獣 地球最大の決戦」にすら出演しており (さすがに古代に滅亡し、その末裔が地球に板という設定だった)、私の子供のころにはまだまだ「火星人」「金星人」は宇宙人としてポピュラーな存在だった。ヒトどころか生命の存在すら否定されてしまった現代は、たのしい夢を失った時代ともいえよう。

ところでラストシーンでは火星探検隊にアメリカからの援助物資の缶詰が届けられる。微笑ましいエピソードなのだが、海野十三の経歴と晩年を考えると、この作家はどのような心情でこのシーンを書いたのだろうか。さらにその援助物資をおいしくいただいた探険隊長のお言葉、要約すると「宇宙にばんばか植民しなければ、バスに乗り遅れる」。うーん、さすが元「戦争協力作家」、屈折してるなぁ。


作成: 2006-10-07 22:50:26.0更新: 2006-10-08 00:10:11.0
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