アマゾンの黄昏

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Tom O'reily の "Web 2.0" では先端的企業として褒められまくりの Amazon だが、どうもその黄昏が見えてきたような気がしてならない。地平線へと引っ張っていく力は、膨大な個人データの集積ではなく、ありきたりの慢心という奴だ。

いうまでもなく、Amazon の祖業はネット書店である。書籍の指向というのはそのひとの嗜好に密着したものだから、顧客の書籍購入データを活用しておもちゃや美容関連品まで取り扱うのはそれこそ Web 2.0 アプリケーションを有する企業の強みだ。Amazon がネット書店からネット百貨店へと変貌を遂げていくのは結構なことだ。しかし、祖業を疎かにしてはマズイだろう。

私は和書の新刊の購入には在来書店を利用している。立ち読み料金を購入で還元する必要があるからだ。したがって Amazon で購入するのは在来書店では購入しにくい古い本か、新刊でもまず入荷しない小出版社の本である。Amazon からしてみるとおいしくもなんともない顧客であろう。しかし、これらの本が在来書店で取り寄せるよりも速く手に入るのが私にとっての Amazon の存在意義なのである。

ところが、今夏出版された札幌の小出版社「寿郎社」の本はいつまでたっても注文可能とならない。9月からどういうわけか定価の5倍もする古本がマーケットプレイスに出品されている。これでは時間はかかっても取り寄せのできる在来書店の方がマシではないか。

また、文林堂の「世界傑作機」シリーズについても、今年に入ってからシリーズナンバーで表示されるようになった。「世界の傑作機 No.118」では取り扱われている航空機名がわからない。以前のようにサブタイトルである航空機名を表示してほしいものだ。

いまのところ不満はこの二点なのだが、どうもネット百貨店への変貌に忙しく祖業を疎かにしはじめたのではないか、と疑い始めている。たまたま手を抜いたモノに当たってしまった可能性は捨てきれない。しかし念のため厳しい眼で Amazon.co.jp の祖業への取組を眺めていきたいと思う。

ちなみに、今秋 Amazon で購入予定であった北大路公子「最後のおでん」とギボン「ローマ帝国衰亡史 9/10巻」の 3冊は「Amazon にお仕置き」ということで在来書店で取り寄せて購入することにする。祖業手抜き疑惑が晴らされて、「絶対買わないけど蔵書目録代りにだけ利用」ということにならないように祈る。いや、あまり手を抜かれると蔵書目録としても使えなくなるのだが。


作成: 2006-10-17 15:15:54.0更新: 2006-10-17 15:50:32.0
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