芳子の周辺 (続続もへじの周辺)

<< 戻る   トップ >>

「もへじ『にご』う」氏のウェブ日記を2004年いっぱいまで読み進んだ。「にご」氏にとっても「なにがなにやら」終了は「寝耳に水」の事態であったようだ。ただし、「いささかの憶測もある」とし、その憶測については賢明にも明かしていない。

「にご」氏の日記によれば、「なにがなにやら」終了の 9月21日に先立つ 9月 4日、「コイビトのヤギ」氏同伴で「もへじ」氏が上京、例によって破壊的なオフ会が催された。「もへじ」の日記「なにがなにやら」には、この飲み会に出席した「ヤギ」氏は「どうしてみんなオレのことをこんなに知っているのか」という疑問を発したとの記事があったように記憶している(「最後のおでん」はオフ会関連の日記をおおむね省略しているため確認できない)。

「もへじ」氏はかねてより、ウェブ日記「なにがなにやら」の存在が家族・コイビトに明らかになった場合はすべて削除して撤収することを表明していた。このオフ会で家族はともかく「コイビトのヤギ」氏には「なにがなにやら」の存在を隠すことができなくなり、約束通り終了・撤収してしまったのではないか、というのは当時からあった憶測である。

逆に、「なにがなにやら」の露見と関係して/関係なく、終了・撤収を予定していて、だからこそ「ヤギ」氏を伴ってオフ会に出席したということも考えられる。2004年10月の「にご」氏日記では、「にご」氏が「純愛小説で直木賞をも手中に納めんが為」に、「もへじ」氏の新たなペンネームを提案している。あるいはライター業から作家に「昇格」するため本腰をいれるという決意の「なにがなにやら」閉鎖であったのだろうか。

2004年12月の「にご」氏日記には、「もへじ」氏のファンのオフ会に関連して、「サトウコウイチとの結婚を理由に突然止めてしまった」とある。「もへじ」ファンとしてはここらへんで納得して、北大路公子氏の今後の健勝と発展を祈願するのが妥当なところか。

「にご」氏の文体も、最初は「読みにくいなぁ」と思っていたのだが慣れてきてしまった。あとはまったりと「にご」氏の日常を楽しませていただくとしよう。なお、表題の「芳子」は「純愛小説で直木賞をも手中に納めんが為」に「にご」氏が考案した新ペーネーム「小路芳子」より。


作成: 2006-12-10 12:28:36.0更新: 2006-12-10 13:20:54.0
http://museo-anonimo.jp/nanban/?id=319,http://museo-anonimo.jp/nanban/tr/319