「幸福のどん底」考

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「不幸のどん底」という言葉がある。一般に、もっとも不幸な状態を指すとされているようである。ふと「幸福のどん底」はどこにあるのだろうと考えてしまった。新明解国語辞典によれば、「どん底」は『一番の底。底の底。[それよりも落ちるものもない、最悪の状態の意にも用いられる。]』とある。幸福の一番底の底とはどこなのだろうか。もしかすると「幸福のどん底」は「不幸のどん底」と同じ場所にあるのだろうか。

図1
図1.幸福度数直線と不幸のどん底、幸福のどん底(1)

幸福のどん底の候補は、「不幸のどん底」と同じもっとも不幸な状態のほかに、二つの状態が考えられる。幸福を数直線化して表現してみよう。幸福とはきわめて大雑把な抽象概念であるが、一般的に幸福の多寡は比較可能と考えられる。また、幸福と不幸は直交する概念ではなく、負の幸福の状態が不幸、というように連続した「幸福度」という捉え方をしても不自然ではないはずである。したがって数直線モデルは妥当なモデルであろう。

幸福度を数直線化し、幸福度>0 のときを幸福、幸福度<0 のときを不幸とする。幸福度=0のときは幸福でも不幸でもない状態である (この状態は実在しない可能性がある)。ここで、「不幸のどん底」とは幸福度が非常に小さい状態であるが、−∞ではない。底である以上有限の値をとるから である。図1.に幸福度を数直線と「不幸のどん底」を示す。さて、この数直線モデルにおいて「幸福のどん底」とはどこになるのであろうか。幸福とは幸福度>0の状態であるから、「幸福のどん底」はそれが幸福である以上不幸の領域、すなわち幸福度<0 や幸福でも不幸ではない状態 幸福度=0のところにはありえない。すなわち、幸福度が正でかぎりなく 0 に近いところ、x →+0が「幸福のどん底」と考えられるのである。「限りなく微かに幸せ」な状態が「幸福のどん底」でありうるのだ(図2)。

図2
図2.幸福のどん底 (2)
三つ目の「幸福のどん底」は意外かもしれないが、幸福度が非常に大きい状態である。一般的には、「幸福の絶頂」と同じ状態である。しばしば幸福感には上昇志向の感覚が伴うが、もちろん例外がある。堕落に伴う幸福である。堕ちるだけ堕ちた果てに「それより も堕ちることのない」幸福は、やはり「幸福のどん底」と読んでも差し支えのない状態であろう。この解釈は、図3のように図示すれば理解しやすいだろう。

図3
図3 幸福のどん底(3)
「幸福の絶頂」という言葉を導入してしまったので、「不幸の絶頂」についても考えてみよう。「不幸の絶頂」も「幸福のどん底」と同様に 1)「幸福の絶頂」とおなじ、2)「限りなく微かに不幸」、3)「不幸のどん底」と同じ、の三つのケースが考えられる。

語感からは、 「幸福のどん底」も「不幸の絶頂」もなぜか「不幸のどん底」と同じ場所にあるような気がする。しかし、数直線を用いて考えると、やはり「幸福でも不幸でもない状態の近傍」にあるのだろう。ヒトは幸福に浸ったとき、不幸を嘆くときに幸福や不幸を実感するものだから、「幸福でも不幸でもない状態」を実感することは少ない。「幸福のどん底」や「不幸の絶頂」は実感を伴わない表現である。それだけにその状態の所在もあきらかでないのだろう。

なお、幸福と不幸が直交する概念である可能性があることと、「絶頂」が「どん底」とは異なり、有限でない可能性があることを指摘しておく。


作成: 2002-08-29 11:59:53.0更新: 2002-08-29 11:59:53.0
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