幼児と動物

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3歳になったばかりの義理の姪がいる。その幼児の言動を見ていて、3歳児に匹敵する知能を持つ動物とはなんだろうか、と考えてしまった。賢い成犬や平均的な類人猿の成獣と同じくらいだろうか。幼児を動物扱いすると叱かられそうな気もする。というか、叱られるだろう。そういえば小学校時代にちょっとした事件があった。

その事件は小学校6年生のときに起こった。1975年頃の東京・世田谷区はまさに農村と都市の中間に位置するベッドタウンで、小学校にもいろいろと興味深い風習が残っていた。この事件の発端となった、次年度の新入生 (入学予定者)の健康診断を高学年女子の有志生徒が手伝う、という風習もその中のひとつである。その年までは、最高学年である6年生の女子がこの手伝いをしてきたのであった。

しかし、その年になって教師は次のように考えたのである。「卒業して新入生とまったく顔をあわせない6年生よりも、次年度に最高学年に達し、新入生に実際に接する5年生に手伝わせたほうが合理的である」。確かにそのとおりである。しかし、この習慣の変更は、「新入生の健康診断の手伝いを行わない世代」を生むことになる。余計な雑用が回ってこないのだから、6年生女子生徒も異存はあるまい…と考えるのは大人の考えで、6年生女子はまったく理解に苦しむことに、手伝いをすることをまことに楽しみに、あるいは自らが行わなければならない聖なる使命であるかのように考えていたのであった。突然その聖なる使命を取り上げられた6年生女子は当然抗議行動を始めた。さらに困ったことに、大命降下により雑用を押し付けられた5年生もその手伝いをすることに執着したのである。5年生と6年生の女子の間で対立・抗争が発生したのであった。問題の事件はそのさなかに起こった。

ここで登場するのが小学校にはつきものの「飼育係」である。小学校で飼っているニワトリやウサギの世話をする、(当時は)非常に人気は高い(高かった)、しかしやってみると苦労の多いあの係りである。この手伝いをするのには、「飼育係であること」が重要な意味を持つことを、いずれかの陣営が主張したのだ。記憶が定かではないのだが、よもや教師ではないだろうから、5年生か6年生の主張であったと思われる。すなわち、この問題を調停・解決するための話し合いの席上で「飼育係は普段から動物の取り扱いに慣れているので、入学予定者もうまく取り扱うことができる。」という発言があったのである。どうやらどちらかの陣営の有志は飼育係を主体としていたらしい。

このころになると抗争の発生が PTA にも知られており、入学予定者を動物扱いするこのあんまりな発言は PTA 経由で全校的に知られることとなった。当然弟・妹が小学校に上がる在校生もいたはずだから、この発言は入学予定者の親の知るところともなっただろう。その後の顛末は、この発言を行った陣営に不利に展開したように記憶しているが、定かではない。結局、どちらが入学予定者の健康診断を手伝ったのか覚えていないのである。


作成: 2003-08-18 13:21:31.0更新: 2003-08-18 13:21:31.0
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