崩壊するバベルの塔に蜘蛛の糸の憐憫は垂れるか

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夕食から帰る車の中で、妻と「だれている」という話題について会話をしていた。なにかの拍子に私が「ダリウス III 世」とつぶやいた。妻にダリウスとはなにものか、と問われたので「バビロニアの王様だ。」と答えた。いま冷静に考えるとペルシア王だったような気もするのだが、なにはともあれ話題はバビロニアに移った。バビロニア/バビロンといえば、遠くは横山光輝のバビルII世、近くはゆうきまさみのパトレイバー、とにかく話が「バベルの塔」に達したのである。

あとはまさしくバベルの塔の旧約神話にもよく似た混乱であった。妻は辛うじてバベルの塔が崩壊したというユダヤ神話の結末は知っていたものの、それが世界の多様な言語の起源を説明するものであり、人間の慢心からの天に到達する試みに対する神の罰であったことはほとんど覚えていなかったのである。

「なぜ崩壊したか」「なぜ罰を受けたか」などを質問し、回答を得た妻はそれらを総括してこう述べた。

「バベルの塔って、蜘蛛の糸と似たような話なんだね。」

...ひとが高いところから落ちるところしか共通部分はありません。


作成: 2005-10-28 23:37:59.0更新: 2006-07-30 13:46:56.0
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