2004年03月24日 «Wed»

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イスラエルのヤシン師暗殺に、あらためて中東に発した三つの世界宗教について思う。通常、ユダヤ教は世界宗教に含まれないことが多いが、少なくともキリスト教に先んじて世界宗教となる素質はあった宗教である。

私は以前、ユダヤ教は「ユダヤ人」の信仰する民族宗教と思っていたが、これはむしろ逆であって、ユダヤ教徒のことを「ユダヤ人」と呼んでいると考えたほうがよいようだ。ただし、ユダヤ教は教徒同士の団結が強く、他の信仰を排斥する傾向があり、しかも永らく西欧・西アジアの異教徒のなかで新たに入信するものも少なかったため血族集団−民族的な側面を有するようになってきた、というのも事実である。かならずしもイスラエルの子孫でなくても、ユダヤ教への入信は可能である。大沢武男「ユダヤ人とローマ帝国」によると、紀元前 139年にはローマで布教活動を行っていたそうだ。キリスト教発生以前のことであり、ローマ帝国における布教が順調に進んでいれば、キリスト教ではなくユダヤ教が名実ともに世界宗教になっていたかもしれない。

布教を阻んだのは、もちろん既存宗教との軋轢もあるが、「割礼」というユダヤ教の戒律の存在も大きい。男性がユダヤ教に入信するには、割礼を受ける必要がある。ユダヤ教の家庭に生まれると、生後 8日目のなにも判らないうちに割礼を受けるそうだが、思春期以降の男性がこれを受けるのは抵抗がある。思春期以前だって、そんな痛いことはいやだろう。ユダヤ教は戒律宗教であり、血 (肉) と父を一緒に料理してはいけない、などその他にも守らなくてはいけない戒律も多いそうだが、布教のためには「割礼」が最大の障害となる戒律であったろう。

キリスト教ではこのあたりの戒律を緩め、よりポピュラーな「改良ユダヤ教」としてローマ帝国に広まっていくわけだ。このあたりの事情はギボンの「ローマ帝国衰亡史」あたりに詳しいはずだが、未読である。塩野七生の「ローマ人の物語」文庫版は今年からカエサル以降の版が配本されるこちらにも期待したい。

ところで、キリスト教の発展を戒律を弛緩させたことによるポピュラー化とみると、「改良キリスト教」であるイスラム教の戒律強化はどうしたことか。そもそもイスラム教を「改良キリスト教」とみる私の見解に問題はないのか。そして、少なくともユダヤ教とキリスト教の情報を得ていたと思われるムハンマドが敢て戒律強化を志向した理由は何なのか、またその戒律を多くの人々が受け入れたのはなぜか。

中東系世界宗教の謎を当面の読書のテーマとしたい。


作成: 2004-03-24 21:12:14.0更新: 2004-03-24 21:12:14.0
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