2005年01月13日 «Thu»

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「かちかち山」という童話を覚えているだろうか。昨晩、妻にむかしばなしをせがまれ、いつもの「昔々、おじいさんとおばあさんが...」で始まるものを避け、「かちかち山」を一席やろうと思いついて、その細部をすっかり忘れてしまっていることが判明した。以下は、忘却による変容を克服し、正しい (と思われる) かちかち山にたどり着く軌跡である。

まず、登場する動物を忘れていた。いや、健気にも少なくとも二種類の動物が登場することを覚えていた、というべきだろう。一種類がウサギであることを思い出した。そして不幸にして、最初に思い出されたウサギが悪役にされ、危うく火のついた薪を背負ったり、泥舟で海に沈められそうになったりしたわけだ。もう一種類はなかなか思い出せず、どうも狸ではなかったか、ということになった。

狸とウサギ、ということになるとどうもウサギ悪役説が怪しくなってきた。妻も「狸はヒトを馬鹿す」と狸悪役説を唱えたし、ここで迷っていたのでは話が進まないし、ウサギと狸には「アリとキリギリス」のような象徴性や動物学的観点からの教養知識もなかろう、と思われたので、とりあえず

悪役: 狸、正義の味方: ウサギ

という配役で臨むことにした。

次に思い出せなかったのが、なぜ悪役の狸が大やけどを負ったり溺死したりのひどい目にあわなくてはいけないか、ということであった。話の基調が勧善懲悪であったことはかろうじて覚えていたので、ウサギが狸に対してこれほどの仕打ちをする倫理的根拠が必要である。この時点で、ウサギと狸のほかにおじいさんとおばあさんが登場することを思い出した。すなわち、当初の「おじいさんとおばあさんが登場しない昔話」として「かちかち山」を選択したの実は誤りであったことにこの時点で気づいたのである。

ともあれ、狸が断罪されるのはおばあさんに対してなにかひどいことをしたからであった、というところまで思い出した。さて、なにをしたのだろうか。いちおう動物の人格が設定され、現代ならば人権を考慮しなくてはならないのだから、いや昔話だから考慮しなくてもよいのかもしれないが、やはり相当のことをしなくては焚刑や水刑による死刑は試みられないだろう。しかも焚刑には失敗し、やりなおしの刑として水刑が処されているのである。これはよほどのことを狸がなしたに違いない。したがって、傷害致死または傷害および殺人が行われた可能性が高い。ようするに「狸の犯罪行為」がどのようなことだったかが (未だに) 思い出せないのである。ともかく、ウサギの与えた処刑の正当性を確保するには、狸の犯罪が「希にみる残虐性をもって、何の落ち度もないおばあさんを傷害のうえ殺害した」というのがことの発端であったに違いない。

ちなみに狸の犯罪の動機はまだ思いだせない。強盗傷害・殺人の可能性もある。犯行時の責任を取れる状態であったかどうかは不明だが、ウサギとおじいさんの被告とその弁護人もいずれもが不在の裁判では責任をとれるものとされたようだ。

そういうわけで、おばあさんの強盗・傷害・殺人の罪により、ウサギが狸を焚刑 (失敗)・水刑により処刑する物語、という昔話「かちかち山」を再現することができた。

書いていて思い出したのだが、焚刑の失敗の後、やけどで苦しむ狸に、ウサギが「治療」と称してからし入りの膏薬を貼ってやる、というのもあったような気がする。もしかして薬殺を試みたのだろうか。いずれにしろ、昔話らしくほのぼのと残酷な話ではある。めでたしめでたし。

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作成: 2005-01-13 23:54:29.0更新: 2005-01-13 23:54:29.0
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