「思い出」が多いのではないか

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思い出が多いことはよいことだ。しかし、ここのところ、「マンガ少年の思い出」とか「はるかなる20世紀」とか「ドライ戦争の思い出」のように「思い出話」が多いのはいかがなものか。たしかに人生の半ばを越えつつある今、いよいよ過去を懐かしみ、下手をすると過去に生きる境地にまっしぐらに向かいつつあるのか。

ふと思い出して懐かしみ、それをブログに書き留めたくなっただけなのかもしれない。これまではそうだと思っていた。しかしこれだけ「思い出話」が続くと、なにか体系的な理由があるような気がするのだ。

別に「思い出話特集」とかを意図したわけではない。しかしながら、ここのところ記憶力の衰えがはっきりとしてきた。衰えたといっても短期記憶の問題なのだが、昔の記憶も相互の関連があやふやになっている。実は、「マンガ少年の思い出」とそれに続く「地球へ...」のエピソードでは、「地球へ...」は全話連載時に読んだはず、という誤認が発端となっているのだ。

若いころ読んだ雑誌にしろ、飲んだビールの銘柄にしろ、これを書き留めたくなった衝動の根源には (認めたくないが) こんな恐怖がある。「この記憶をそのうち失うのではないか」。

まだ昔を懐かしむ歳ではない、と思いたい。決して「昔はよかった」という感情は伴っていない。「そういえば、こんなことがあった。忘れないうちに書いておけ」ということなのだが、記憶の反芻が必要になってしまったのか。そして反芻したという記憶があやふやになると、「その話はもう聴いた」と言われるようになるのか。もし同じ思い出話をブログに書き、それに気づきもしなくなったら、また一歩人生の階段を登ってしまったのだと寿いでください。

思い出が多いのはよいことだ。もし忘れずにいられるのなら。


作成: 2007-06-13 23:09:19.0更新: 2007-06-13 23:09:19.0
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