サブ地方名

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妻の友人のブログを読んでいたら、「北陸の(おっと、新潟は北陸3県に入らんのだった(^_^;))改め、北信越の...」という記述があった。一瞬「新潟は北陸ではない」という主張に読めてしまい、いやいや新潟は立派に北陸だ、北陸のはずだ、と考えはじめた。

北海道・東北・関東・中部・近畿・中国・四国・九州はおそらく何者かによって権威づけられている地方区分名のはずだ。いっぽう、北関東・南関東とか、東海・北陸・中京などの「正確なところどうなっているか」という地方名も存在する。関東の場合、わざわざ「北・南」というのおそらく天気予報関連の用語で、あまり意識されていない。ところが中部では気象どころか歴史的にも文化的にも違いがあるので、ここは果して北陸か、東海か、中京か、と考えることになる。なにしろ中部は広すぎるのだ。

東海とはどこか

まず「東海」について考える。表題をサブ地方名としたが、「東海」はおそらく「中部地方」のサブ地方名ではない。

神奈川県は「東海」に含まれるか、という問題である。東京を逐われた「川崎都民」や「横浜都民」などの1部の例外を除いて、神奈川県民は「神奈川は東海か?」という問に対して大部分は「東海だ」、と答えるのではないかと思う。もちろん、「関東か?」という問に対してもイエスだろう。三浦半島を境にして相模湾と東京湾側で東海認識率が変化する可能性は否定できないが、神奈川県民は「関東にして東海」であることを容認しているはずだ。

東海を西に進み、静岡県は鉄板で東海であるとして、愛知県ではどうなるのか。これは推測でしかないのだが、彼らは「東海であり、中京である」と認識しているのではないだろうか。「中部ですか?」と問うと、しばしの沈黙の後に「... そういえばそうですね。」と答え、消極的に肯定するのではないか。旧東海道は現在のJR関西本線の経路だったというから、三重県も認識を愛知県と同じくしているかもしれない。

微妙なのは岐阜県である。よもや近畿とは思っていないだろうが、現東海道本線および東海道新幹線の名古屋以西は旧東山道である。さらに、北部飛騨地方はどうかすると北陸だ。北陸電力が給電しているし。おそらく中京である、とは思っているだろう... いや、どうもわからない。岐阜市周辺ではまちがいなく中京であると思っているだろうが。果して岐阜県民に「東海」への帰属意識があるのか、一度良く聞いてみたいものだ。たぶん岐阜市周辺など南部と山間部でかなり違うのだろうが。

というわけで、神奈川・静岡・愛知・三重は東海であり、もしかすると岐阜も東海であると考えてよいのだろう。

北陸とはどこか

次に問題の北陸である。歴史的には、近畿を発して羽州に至る北陸道に所属する国 (羽州/出羽、すなわち山形・秋田両県は含まない) 若狭・越前・能登・加賀・越中・越後・佐渡を指すそうだ (Wikipediaより。したがって裏をとる必要があるが、正確そうなので省略)。昔の分類なので妥当性を検証しよう。

このうち、越前・能登・加賀・越中、すなわち福井県嶺北、石川県、富山県は鉄板で北陸である。逃げ場がない、というわけだ。福井県でも嶺南 (ほぼ若狭)、すなわち若狭湾岸付近は近畿への帰属意識が高い、と聞いたことがある。東海道の神奈川県同様に地理条件による意識の違いがあるわけだ。若狭のひとに「福井は北陸か?」と聞いたらなんと答えるのだろう。ともあれ、いまのところ福井近畿説には不確かな伝聞しかないし、若狭も北陸道にばっちり組み込まれているので、福井県は北陸としておこう。

問題は越後・佐渡、現在の新潟県だ。現在では「関東甲信越」や「北信越」など、「越」といえば新潟、ということになっている。「越の国」といえば越前と越中もあり、字義どおりに捉えると関東甲信越は「茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨・長野・福井・富山・新潟」で、福井県なんか地理的に孤立してしまう。とにかく越前と越中との立場をどうしてくれるか、どうしてもというのなら、「関東甲信越後」としてほしい。また、北陸に越後が含まれているのなら北信越は北信ですむ。

などと律令の国名や「越」の独占使用の非を鳴らしてもしかたがあるまい。越後は戦国時代には「関東管領」上杉氏の領地であり、江戸時代には加賀・越中の外様大名の雄、前田家を牽制するために徳川譜代・親藩・天領が置かれ、北陸道より関東への親和性が高かったのである。それをいえば越前も結城秀康系の親藩であったはずだが、結城系はなんとなく徳川家にとって煙たい家系 (家康の長男の系統) であったし、それでいて越後の諸藩ほど移封・改易もなかったし、なんだかんだで江戸からは遠いしで北陸道のアイデンティティを保ったのだろうか。とにかく、北陸道、あるいは「越の国」の中で、江戸時代中に越後が特異性を獲得した可能性は考慮されるべきである。

しかしながら、現在における「越=新潟(越後)」という意識は、昭和の不世出の政治家、田中角栄の出現に拠るところが大きいのではないか。

つづく

作成: 2007-07-05 12:49:57.0更新: 2007-07-05 23:07:19.0
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