酔っ払ってるぜ、いえーい

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久しぶりに陽気な酒だ。傍から見ると悪い酒なんだろうな、きっと。

先週は BitTorrent に遊ばれたり遊んだりしたわけだが、週末には体調不良のまま連休は骨休め、と決め込んだのが悪かったようだ。

とにかく無気力、無関心。それで骨休めになるかというと、全然ならないのだ。気力を涵養するとか、次なる関心を見出すとか、やはり何かないといけないのだろう。

いや、まったく無関心であったわけではないのだ。金曜日の夜からは年に一度のお楽しみ、塩野七生「ローマ人の物語」の文庫新刊、「終わりの始まり」を読破しよう、という固い決意を持って連休に臨んだのだ。ところがその前に、森田義之「メディチ家」講談社現代新書が立ちふさがった。「メディチ家」は一回読んだもののはずだが、それが「ローマ帝国衰亡史」や「神曲」を読む前だったものだから、今読むと以前とはまったく違った読み方になる。メディチ家といえば、フィレンツェの名家というか最終的にはフィレンツェを首都とするトスカーナ大公国の大公になった家だから、ダンテとは同郷だ。ただし、ダンテが神曲を書いたころにはメディチは新興勢力と言うより単なるチンピラ一家であって、ダンテが地獄や煉獄に落とした人々の中にメディチは登場しない。それにしても神曲に見た名前をまたここで見ることの懐かしさよ。ってなわけで、「ヨーロッパ史理解の一助」として読んだ「メディチ家」と「ヨーロッパ史のアウトラインがつかめてきて」から読んだ「メディチ家」のなんと印象の異なることよ。森田義之「メディチ家」、読み応えよし。

それにしても、ヨーロッパ史の盲点ともいうべきノルマンのシチリア王国を描いた「中世シチリア王国」(高山 博、講談社現代新書)、情報量としては納得がいくのだが、著書のダイジェストの連結に失敗していて、細かい重複記述が散見され、そのことが不満だ。ズバリ、ワープロに入った既存の複数の文章をつなげた、というのがありありとわかる。著書のダイジェストそのものには成功しているので、画竜点睛を欠いたというところか。おしいところで読み応えに欠いた。

もののついでだから最近の講談社現代新書へのクレームをもう一つ。堀越孝一編「新書ヨーロッパ史 中世篇」は今読み進めている最中だが、「ヨーロッパ史を見渡せる新書が欲しい」というかつての要望に答えていそうなタイトルながら、どうやら大ハズレの駄作の可能性が高い。今のところ編者の堀越孝一が書いた概説「ヨーロッパの成立」を読んでいるのだが、まったく「ヨーロッパの成立」になっていない。いや、せめて新書ではなく「エッセイ・ヨーロッパ史」なら文句はないのだけれど (文句はないけど面白くないエッセイだ)。いやしくも「新書 ヨーロッパ史」の概説なら、これじゃダメだろう。

じゃあお前が書いてみろ (by 妻) ということになるのかもしれない。そして、今がチャンスかもしれないのだ。

同じユーラシア大陸の東にあって、古くから王朝の交替で歴史が記述できるのが中国史である。中国でも戦国乱立で無茶苦茶な時代はあった。同じような視点で、「秦統一帝国から分割・統一」のように、「ローマ帝国からの分割・統一としてのゴート・ランゴバルト・フランク諸王国や、ビザンチン帝国、神聖ローマ帝国」を見ていけばヨーロッパ史がわかりやすくなるのではないかな。中国では秦の後、漢やら唐やらの統一帝国が復活したのだが、ヨーロッパでは20世紀の EU までそれがなかっただけのことだ。

結局連休をどう過ごしたかはまた今度。


作成: 2007-09-19 23:27:07.0更新: 2007-09-19 23:27:07.0
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