彼女の過去

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体調不良で臥せっていたところ、不良と言っても本を読んだりウェブを見たりはできるので、ある女流小説家の行方を追ったりしていたのだが、途中で自分が何をしたいのかわからなくなり、不良だったのは体調だけではなかったようだと自戒のためにも記しておく。

彼女の名前さえ知らない。彼女について解っていることは、「今はなきフェミナ賞 (学研の女流文学新人賞) に選ばれた」こと、その受賞作が「もうベッタベッタの恋愛小説」だったということだけだ。その受賞作の名前もわからない。それでも、フェミナ賞という重要なキーワードが与えられているのだから、ネットを漁れば名前や受賞作を知るのはさほど難しいことではあるまい、と思ったが甘かった。

Wikipedia ではいきなり、「フランスで最も権威のある文学賞の一つ」であるフェミナ賞の記述が引っかかって、彼女はそれほどすごい大作家であったのかという驚嘆や、ウェブ辞典の信頼性に関する懐疑などが浮上し、一瞬の混乱を来したのであった。こちらの方は歴代受賞者などの記録も掲載されており、受賞した日本人は辻仁成だけだそうだ。気を取り直して学研のフェミナ賞で調べ直してみた。本家のフェミナ賞同様、当然歴代受賞者と受賞作品とかはあっというまに検索できるものと期待したのだが、そのようなものは出てこない。ただちにわかったのは江國香織と井上荒野が第1回の(学研)フェミナ賞受賞者である、ということだ。江國香織なら小説を読まない私でも知っている直木賞作家だし、井上荒野は昨年下半期の直木賞候補だ。しかし第2回以降はどうなっているのだろう。

国会図書館で検索すると、1989年から1991年まで通号で10号の季刊誌 "Femina" があって、続いて1992年から1995年の通号12号までは「小説フェミナ」と改題され、以後休刊となっている。残念ながら国会図書館の OPAC ではこれ以上の情報はわからない。日本の古本屋で検索すると、"Femina" 9号までの一部の概要が記載されており、(学研)フェミナ賞はこの雑誌で発表されいて、9号で「第三回フェミナ賞発表」があったことがわかる。さらに、日外アソシエーツ(株)の「賞の辞典ファイル」によれば、(学研)フェミナ賞の他に、小説フェミナ賞が存在していたらしい。この二つの賞の関係はわからない。さらに小説フェミナ賞については、「風の紋章」という作品が第1回小説フェミナ賞の候補となったという裏付けのとれない情報があるだけで、その実在すら危ぶまれる。

結局、以上のウェブサイトにてつの本棚の雑誌一覧を加えて、明らかとなった(学研)フェミナ賞受賞者・受賞作品は次のとおり。

受賞者受賞作品
第1回江國香織409ラドクリフ
井上荒野わたしのヌレエフ
第2回加藤博子ヒロコ
田村総いきいき老青春
第3回市川温子ぐりーん・ふぃっしゅ
上正路理砂やがて伝説がうまれる

複数の情報源が得られ、かつ一致しているのは第1回と第2回だけである。ただし、第1回については3名以上の受賞者がいる可能性を排除できない。また、第10号で第4回フェミナ賞が発表された可能性、小説フェミナ賞が存在した可能性も否定できない。

はたして、彼女はこの中にいるのだろうか。それより、私は何をやっているのだろうか。もしかして一種のこれはストーカー行為ではないか。また、なぜ彼女はフェミナ賞を受賞したことだけを告げ、その名前と作品を明かさなかったのか。それは乳は曝してもイビキはかきたくないという彼女の慎ましさだったのか、いや、何か暗い過去へと続く、開けられたくない扉だったのではないか。それを明かにしたとして、私はどうしたいのだ。フェミナのバックナンバーを取り寄せ、「もうベッタベッタの恋愛小説」を読みたいのか。謎を解いたことへの喝采か、もしかするとそれ以上になるかもしれない非難を浴びたいのか。

インターネットで公開されているデータのみを使ってフェミナ賞と彼女を追ってみた。ここまでは疚しいことではあるまい。「もうベッタベッタの恋愛小説」であるフェミナ賞受賞作はともかく、彼女の他の著作にどのようなものがあるかを知り、できれば読んでみたいと思ったのも悪いことではあるまい。しかし、最後に「彼女」がこの中の、あるいは調査の手から漏れた誰かの、まさに虚構を構築することを生業として選んだ誰かの恐るべき想像力によって、小錦をコキニシと呼ぶ父や新婚旅行先から美容整形手術について問い合わせる妹などの驚くべき家族の幻想を作り上げのだと信じることにし、野暮なことするんじゃないよオレ、という教訓を残しつつ本調査を打ち切ることにする。


作成: 2008-01-31 09:32:27.0更新: 2008-01-31 09:32:27.0
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