巨大人型ロボットが大暴れするのが好き

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なんだか不思議なほど気力がわかない。しかし、よく考えてみればブログなんだから気合をいれまくって書く必要はない訳だし、思いっきり脱力しまくった話題で、ガンダム関連のバカ話をひとつ。

先週、ケーブルテレビの ANIMAX における再放送で、ガンダム Seed シリーズを見終わった。なにかの都合で録画しそこねた回も DVD を借りて見たのだから中々の執念であった。それにしても、何が魅力でこれほどガンダムを見続けるのか。ごくごくプリミティブな回答は「モビルスーツがかっこいいから」という身も蓋もない理由なのだが、さらにそれをつきつめると「巨大なロボットが暴れるのが好き」という幼児性丸出しの回答に行き着く。そもそも、ジャイアントロボもゲッターロボも好きなのだ。しかしながら、基本的に巨大なロボット、それも人型のものが合理的な兵器とは言い難い。ゲッター線照射器をわざわざ人型巨大ロボットにする必然性はないのだ。「敵が巨大だから」というのはガンダム以前にはよくあった「必然性」なのだが、場合によっては「にわとりが先か、たまごが先か」という問題になるし、別に殴り合いでなきゃ倒せないわけではないし、それほど説得力があるわけではない。「超時空要塞マクロス」ですら、敵の巨人歩兵に対抗する兵器が同等の火力を搭載するため大型である必要性は認められるものの、人型である必然性はないのだ。

しかし、基本的には男の子は巨大人型ロボットが大暴れするのが好きなので、ある年齢以上になるとどうしても巨大人型ロボットが必然になる設定が欲しくなる。それがなければ、ロボットアニメとの決別の時だ。私自身がその時を迎えた1977年だった。ところが、1978年に「機動戦士ガンダム」は巨大ロボット兵器の「必然性」「合理性」を作り上げたのだ。したがって、決別を撤回して再び巨大人型ロボットアニメに復帰した。監督の嗜好であるオカルトは「あーあ、なんでせっかくの合理的人型巨大ロボットに超能力者が出てくるかな」と嘆息をつかせるだけのシロモノだった。というわけで、宇宙世紀のガンダムに登場する「ニュータイプ」なるものは、「宇宙機動兵器パイロットたる資質が異様に高いヒト」なのだ。ときたま出てくるヒトからオーラが発するような描写は、戦いに病みつかれた精神の見た幻覚に過ぎない。あるいは、この資質と幻覚を見る病(分裂病/統合失調症) との親和性が高いという裏設定があるのだ。ということにしたいのだ。まったくもう、トミノったら。

さて、ガンダムにおける巨大人型兵器の合理性だが、これは基本的に「有視界戦闘用宇宙機動兵器」としての合理性にすぎないのであって、「機動戦士ガンダム」において第一話「ガンダム大地に立つ!!」てはいけなかったんじゃないか、という考察をほんとはしたかったんですよ。現用兵器とのパワープラント出力の比較とかまでやったのに。もう酔っ払いですから。しくしく。


作成: 2008-03-18 18:56:23.0更新: 2008-03-18 18:56:23.0
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