宮の帰還

<< 戻る   トップ >>

時に西暦1180年、後白河上皇の第三皇子以仁王は平家追討の令旨を発し挙兵した。以仁王の敗死の後、王の第一王子は越前へと下向する。この以仁王第一王子こそが北陸宮である。その後、征東将軍源義仲に越中にて奉じられた北陸宮は、1183年に京都へと帰還する。3年の時を隔てた宮の帰還であった。

宮の帰還

時に西暦1998年、富山市黒瀬のステーキ宮・リベロは同系列の海鮮系居酒屋、「食事酔房北海道」に改装され、富山からはステーキ宮は消滅した。その後宮はメインバンク・足利銀行の問題やBSE問題で苦闘していた。そして2008年11月12日、ステーキ宮は富山市黒瀬へと帰還する。10年の時を隔てた宮の帰還であった。

おそらく皇族の「宮の帰還」といえば、北陸宮だけではなく鎌倉幕府の宮将軍・建武の新政前後には「帰還した宮様」もたくさんいらしたものと思われるが、ご当地・富山と関わりの深い北陸宮を取り上げてみた。もちろん、主旨は「ステーキ・宮」の帰還である。ひさしぶりに食べてみて分かったのだが、私にとっては宮の料理、とくに「宮ランチ」となるとうまい・まずいとか安い・高いとは別次元にあるソウルフードなのだ。今となってはステーキハウスとして宮よりもうまい店も安い店も存在するだろう。しかし、貧乏な学生時代に牛肉を食うという贅沢として食した宮ランチの味はとにかく脳のかなり深層に納められた別格なのであり、おそらく私の血液には「宮のたれ」が濃厚に含まれている。

おかえりなさい、宮。


作成: 2008-11-13 14:09:54.0更新: 2008-11-13 14:09:54.0
http://museo-anonimo.jp/nanban/?id=706,http://museo-anonimo.jp/nanban/tr/706