禁煙の行方

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禁煙補助手段を駆使して禁煙すると厳密な禁煙開始日というのはよくわからなくなってくる。ニコチンの入った「タバコ」という植物の葉を煙にして喫することだけを喫煙というのならば、8月1日が最後の喫煙だ。ニコチンぬきの杜仲茶葉を紙巻きにした「禁煙草」を喫していてもケムリ吸ってんだから喫煙だ、というならおそらくは10月初旬まで喫煙していたということになる。一方、禁煙をニコチン依存からの脱却という観点で考えると、ニコチンパッチを使わなくなったのは10月中旬だった。したがって、煙を吸うという見地からもニコチン依存の見地からも禁煙したといえるのは10月半ばということになるだろう。

それより約1ヶ月。「こんなところに山があったけ?」という喫煙欲求に苦しんでおります。これだけ喫わずにいると、もはやだれも喫わないことを褒めてはくれないし、というより当たり前になっているし、ニコチンに行動を支配されて苦しんだこと (とにかく出かけたらまず喫煙所を確保する、喫煙の予定を行動に組み込む) といったことも忘れてしまいがちだし。あれだけ苦しんで煙を断ったのに「禁煙なんて、いつでもできることが実証されたわけだから喫っても大丈夫。」という妙な考えも出てくる。それに、未だに喫煙室を発見するとなぜか安堵の喜びを感じてしまう。昨晩見た夢はついに再喫煙してしまった、というものなのだが喫煙時の快感が妙にリアルで、これが噂のフラッシュバックだったのだろうか。やはりまだニコチンによる脳支配は続いているようだ。

そういえば、最長記録である2001年禁煙のときも、失敗の原因はニコチンパッチ停止から1ヶ月半ほどで家の中の雑誌の間から発掘されたタバコを「一本ぐらいいいだろう」で喫ったことにあるわけだし、禁煙1ヶ月すぎあたりにはけっこう強力な魔物が棲んでいるのかもしれないな。

もう少しがんばれば次の境地が見えてくるのかもしれない。がんばろう。


作成: 2008-11-25 17:17:13.0更新: 2008-11-25 17:17:13.0
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