引田天功と藤山寛美

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モヘジこと北大路公子の「最後のおでん」を読んでいたら、頭の中で二代目引田天功ことプリンセス・テンコーのことが渦巻いて困った、という話があった (四十歳の日々『読むほどのものではない。』)。元は仕事に関連して調べていたのだが、仕事で使わないことになってもなぜか渦巻いてしまって苦しかったのだそうだ。そして初代引田天功の容姿を思い浮かべようとすると、何故か天地茂になってしまうのだという。

へえ、そうか、と思って自分でも引田天功の姿形を思い浮かべようとするのだが、何故か出てくるのは「藤山寛美」。似ているのかと思って Google でイメージ検索すると、よほど天地茂の方がよく似ている。私の記憶というのは、どこでどうなったのだろうか。さらに、「藤山寛美」という名前もなかなか出てこなかった。「関西の喜劇役者で」「アホで」「しかしアホの坂田ではなく」「名前の字面だけみると女性のよう」という記憶のみを頼りになんとか Wikipedia で記憶の迷宮からのサルベージに成功した。関西で喜劇だからてっきり吉本興業の所属だろうと思ったのだが、吉本興業の項には名前が出てこない。一時代を築いたヒトのはずのなので吉本興業ではなかったのか、と「吉本興業」から参照されている「松竹新喜劇」で調べてみてようやく探し当てることができた (ちなみに Wikipedia の『吉本新喜劇』の項には寛美への言及がある)。以前なら「ほら、関西の喜劇役者で、アホで、しかしアホの坂田ではなく、名前の字面だけみると女性のようで」という記憶に頼ってその名を蘇らせなくてはならず、おそらく思い出せなかっただろう。「インターネットで調べればわかってしまう」ことはなにか無味乾燥すぎると常々思っている私なのだが、今回は永遠にその名を忘れてしまう恐怖からよく救ってくれたと感謝したい。

ところで、Fedora 9 で採用されている日本語入力システム Anthy で「引田天功」はうまく変換できないのだが、「藤山寛美」は一撃で変換される。日本の大衆文化における両者の面目の違いといったところか。


作成: 2008-12-10 22:30:47.0更新: 2008-12-10 22:30:47.0
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