延命十年の真実

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延命十年」と題した今年の誕生日のブログで、「37歳で死にかけたがなんとか生き延びた」というようなことを書いた。すると、友人から「十年前にそんなことがあったのか」と問い合わせを受けた。面と向かって訊かれたのでその友人には一応種明かしはしておいたのだが、2009年の10年前といえばいうまでもなく1999年である。さらに「夏の日」と書いたがここは「7月」と書くべきかぼかすか軽く悩んでぼかすことにした。すなわち、命を落としそうになったのは西暦1999年の7月である。

さらにいいかえれば「1999年・7の月」だ。といえば、問題の事件・事故がアンゴルモアの大王の襲来による大災厄であり、それに巻き込まれて命を落とす予定であったという与太話なのである。その友人は20歳は若いから「ノストラダムスの大予言」なんてそもそも知らないかもしれない。

五島勉 (ごとうべん) の「ノストラダムスの大予言」は 1973年の出版だというから、私は当時11歳である。それほど純真な少年ではなかったように思うのだが、コロリとやられてしまった。いちおう懐疑的に読むぐらいの浅知恵はあったのだが、ノストラダムスが予言したという「逆人魚」が、「アラビア西海岸で捕まった」という新聞記事の写真つきの引用にすっかり騙されてしまった。今ならば、新聞が「夕刊フジ」であることや、その記事が「海外タブロイド紙」からの伝聞であることで「あーはいはい。」と済ます所なのだが。とにかく、これほど起こり得ないことが起きたのだから、予言は本物だと信じてしまったのである。

信じてしまったものだから、当然 1999年に自分の生涯は37歳で終わるという計算などをしてみた。予言を信じなくなってからも、なぜか 1999年・37歳というのは2000年・38歳とか、21世紀=2001年・39歳より印象深い年であり歳となったのだ。

ところで、私はいつノストラダムスの予言が虚構であることに気づいたのだろうか。予言を真実と信じた最大の拠り所である「逆人魚の報道写真」が画家ルネ・マグリットの書いた「共同開発」というタイトルの絵であったことを知ったときだろうか。


作成: 2009-08-18 15:05:55.0更新: 2009-08-18 15:59:53.0
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