酔っ払いとしての人生

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妻の育児ブログ「おぢぞう様と猫とわたし」の2月28日の記事「自分のキャラクターを考える(1)」によれば、「読まれるブログ」にするために、自分(妻)のキャラクターの確立を試みるのだそうだ。ところがそのキャラクターが自分では判じかねたらしく、「どんなキャラクターなのか」と質問されてしまった。思わず正直に「粗忽もの」と答えてしまった。少し後悔している。

逆に、妻によるこのブログでの私のキャラクターは「酔っ払い」なのだそうだ。正確には「基本まじめなことも書いているが」「酔っ払い」である。正鵠を得ていると言えよう。ならばやはり我が人生、キャラクターどおりに酔っ払いとして生きていきたいものである。

ところで、「正鵠を得る」と「正鵠を射る」のどちらが正しいのか、妻と検討した。ちなみに最初は私は「得る」、妻は「射る」を推していた。どうやらどちらの表現も使用可能で意味も同じらしい。インターネットで調べると両派に分かれて結論が出ない。インターネットは決して叡智のクラウドではないことの実証例かもしれない。

ちなみに本日は素面(しらふ)です。

追記

翌日図書館で調べてみた。岩波書店・広辞苑第6版では「正鵠を得る」、三省堂・大辞林第3版は「射る」を主な表記としていたが、それぞれ「射る」「得る」も併記してあった。小学館・日本国語大辞典では「得る」「射る」の両方が記載されていた。したがって、「どちらが正しい・正しくない」という問題設定が誤りで、しかも場合・場面によって使い分けられるでもなく、単に好みの表現を用いればよいらしい。


作成: 2010-03-02 22:25:33.0更新: 2010-03-04 11:39:03.0
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