取り残される私 - 罰として正座

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Sun の件、妻が「大丈夫なのか」と不安を訴えたのだが、実はもう一件の取り残され事案の方が深刻かつ問題なのだ。

ウェブ日記の最高峰であった「なにがなにやら」。著者の「モヘジ」がブログなるものの出現以前、「ウェブ日記」を公開し始めたのが2001年の3月とされている。その「なにがなにやら」を収録した「枕元に靴」が3月24日から始まっているのだが、「どうして...」というタイトルでその数日前からスタートしたように記憶している。その日記を私が読み始めたの2003年の12月だが、「なにがなにやら」は2004年9月21日をもって終了する。

その後の流れをまとめると、次表のようになる。

2001年03月21日日記「なにがなにやら」のスタート (「枕元に靴」の記録による)
2003年12月01日私はこの10日ほど前に「なにがやにやら」を発見、はまった
2004年09月21日「なにがなにやら」終了
2005年08月31日「なにがなにやら」2001年03月21日〜2003年01月06日までのを収録した「枕元に靴」出版
2006年08月15日「なにがなにやら」2003年01月15日〜2004年08月31日までと、後日談 2004年09月29日〜2005年02月24日までを収録した「最後のおでん」出版
2006年08月20/27日号サンデー毎日にエッセイ「どうにもこうにも」連載開始。
2008年01月25日「どうにもこうにも」2006年08月20/27日号〜2007年12月02日号までを収録した「生きていてもいいかしら日記」出版
2010年03月20日「どうにもこうにも」2007年12月09日号〜2009年06月07日号までを収録した「頭の中身が漏れ出る日々」出版

このような流れの中で、とりわけ2004年09月21日の「なにがなにやら」の突然の終了は人生の楽しみの大いなる喪失となったのであった。ところが、である。

2005年08月21日に、北大路公子はブログへの復帰を果たしていたのであった。喪失を嘆いてより1年を待たない。逆に言えば、復帰から私がそのブログに到達した先週までの5年弱の日々、楽しむべき内容を受け取れずに取り残された私があったのだ。

くやしい。気づかなかった私への罰として、正座で反省(20分ぐらい)。


作成: 2010-07-03 22:26:33.0更新: 2010-07-05 10:36:31.0
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