生まれた場所で生きていくということ (1)

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私の父系の男子は、私まで三代続けて生まれた場所を離れて生活していた。祖父がどこで生まれて死んだのか正確には知らないので、祖父の生地・没地が一致している可能性はある。おそらく佐賀県の嬉野近辺で生まれて長崎県の佐世保で死んだのではないか。それにしても、その生の半ばでブラジルに移住しかかるという大移動があった人で、生まれた場所をかなり長期間離れていたことがあったのは間違いない。

したがって、私は生まれた場所から別の場所に移動して居を構える、というのが人生の一般型だと思って育った。生まれた場所で育って居を構えて最期を迎える、という生涯は想像を絶するのだ。私が物心ついたのは東京は目黒区の公務員宿舎だったから、まわりもだいたい地方から出てきてそこに住んでいた核家族である。小学1年生で転校して世田谷にうつったが、やはり周囲は地方出身核家族が大部分を占めた。夏休みを終えると全国津々浦々に帰省した子供たちがそれぞれの田舎の自慢話をするというのが定番だった。本当にネイティブ目黒や世田谷の方が珍しかったのだから、生まれた場所で育って居を構えて最期を迎える生涯が想像を絶するのもやむを得ないだろう。


作成: 2011-02-01 10:42:49.0更新: 2011-02-03 12:10:04.0
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